マタギのこころ

「マタギ / 田口洋美著」からマタギの言葉を伝える

欲で失敗

 人間ってものは、ちょっとした欲のために失敗するもんだ


オレも山で落ちたことがあるんだ。舞茸(マイタケ)を獲りに行ってな・・・いや、ちょっと山を見に行ったときに、崖の下にある舞茸を見つけたんだ。 不思議なもので危ないのが分かっていても、あるのが分かると、今度はそれが欲しくなるんだな。欲を諌める気持ちが無かった。その頃はまだ・・・ガマンできなかったんだな。あるのが見えてしまうと、我慢できないのさ。欲のままだ。


ちょっと山を見に行っただけだから、山の道具も持ってなかった。普通舞茸獲りに行くときはロープを持って、それをたぐって崖を降りていくんだけど、そのロープが無くて、柴をつかんで降りていったら、ターッと足滑ってしまって、下まで落ちてしまった。ちょうど下に木が出てて、そこに落ちて助かったけど、背骨を痛めてしまってねぇ・・今でも秋とか冬は、その傷が痛んでダメなんだ。


人間っていうものは、ちょっとした欲のために失敗するもんだな。家に帰って、かぁちゃんにすごく怒られたんだ。『そんなものどうして採るんだっ、採らなければ生活して行けない訳でもないだろっ』って。本当にそうなんだけど、それはわかっているんだけど・・・そのときはそういう事は考えないもんだねぇ。山というものは、その人の心がけで、良くもなるし悪くもなるもんだな。オレはそのことがあって、欲を諌めると言うことを勉強したんだね。あ~そうかぁ、先輩達が言ってたことは、こういう事なんだなって思ったよ。

でもさ、山で怪我して恐ろしくなって、それで止めてしまうんじゃなくて、そこから山歩きってのが始まるんだ。自分という生き物が、あーオレっていうのは、本当に愚かなもんだったんだなって分かったとき、自分のバカさ加減を知ったとき、始まるんですよ。オレはそう思ってます。一回そういう経験をすると、山の恐ろしさが分かるから、体が覚えるんですよ。だから、山に連れて行ってもらったほうがいいんです。


まぁ、欲というものは怖いもんだな。猟をするにも欲ってものがある。猟欲だね。この猟欲の強い人ってのは、結局仲間を組んでの仕事は、なかなか出来ないのさ。自分が撃つんだって、前に出るから・・・なーに、哲学とか何とか、そんな難しいことではないのさ。ただオレはマタギとして考えてることを喋ってるだけなんだ。マタギの人たちっていうのは、口下手な人が多いけど、頭は結構使ってるもんだ。やっぱり山では考えてるしな。


オレも根子のマタギだば、何人も記憶にあるどもしゃ、本当におっかねぇ人たちであったすな。だけども、そういう厳しい人というのは、本当に村のことから、人の家庭のことまで気を使って心配してくれる優しい気持ち持ってたすな。これは本当だ。 誰に聞いてもらっても、そう言うと思うすな。人並み以上に人の気持ちを考える人たちであったな。それに一本気って言うかな・・・曲がった事は嫌いな人たちであったすな。世間の山を渡り歩いて、心身ともに鍛え上げられた人たちであったから今のオレらとは、一回りも二回りも違う、味のある人たちであったよ。


熊の画像