マタギのこころ

「マタギ / 田口洋美著」からマタギの言葉を伝える

アブラウンケンソワカ

 シカリの術 松橋茂治の話


シカリというのはですね、全体を統率する事だけが仕事ではないんですよ。シカリは術を持っているから、近所に夜泣きする子供があれば行ってですね、十字を切って呪文を唱えて術を使って治してやったりするもんでした。術を持たないとシカリではないですものね。


昔、寺の和尚さんから「獣を捕ったときは呪文を唱えろ」と言われたもんです。それでクマとアオ(カモシカ)獲ったときはですね、『南無財宝無量寿岳仏』というのを7回、『光明真言』を3回唱えて、それから最後に『コレヨリノチノ世ニ生マレテ良イ音ヲキケ』と唱えましたね。マタギは山神様から獲物を授かるわけです。山神様から授かった獲物は丁重に扱って、魂送りをしてやらないとねぇ。現世に未練のないように、祟りがないようにですね。私達マタギは獣を獲って生活を立ててきたために、山神様の訓を守ってそうしてきたわけですよ。


この唱えというのは、何も獣を獲ったときに限らないですよ。山に行って危険なところに入ると、おっかねぇっていうときは、沢口などで、まず十字を切って『アブラウンケンソワカ』と唱えて入ったものです。この呪文を唱えれば魔物は来れないんです。他にもたくさん呪文というのはあったんですよ。だからシカリという者はですね、ただ人をまとめればいいっていうんではないんです。まず、山は全て山神様のものだから、山神様を怒らせないように、機嫌をそこねないようにしてですね、節目節目に唱え事をしてやらないとならないんです。シカリはこの術を持っているから、他のマタギ達が安全に猟ができるように、まず先輩のような仕事をするわけです。


この術を私も何度も全部世間に教えても差し支えねぇと、思ったんですけど、やっぱり語れねぇですよ。マタギは縁起というものを気にするもんですから、あれを口にしたために、こんな事になってしまった、あー山神様がお怒りになった。そういうことになっては大変ですから、やっぱり語れねぇですよ。

根子神社の画像 雲海の画像