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森の狩人マタギ

森の狩人マタギ

 ここで登場するマタギたちの生きた時代は、阿仁エリアに十分活気のあったころから少し後、鉱山や炭山の廃坑が進んでいたころのこと。当時阿仁エリアを訪れていた田口洋美氏のインタビューに応えてくれたマタギ関係者のナマの声です。マタギという”狩人の世界”に関心がある方は、まずはマタギという”狩人の言葉”に注目して戴きたい。


鈴木松治 氏
阿仁くま牧場(現:くまくま園)初代場長


 俺がまだ子供の頃に、親父達が話してるのを聞いて覚えてるんだけど、長野とか岐阜、富山のほうまでマタギに出てたんだな~。向こうの山に行くと、小屋を作るところに秋田小屋とか、穴の名前で、こっちの人の名前を付けているところがあるそうなんだ。

俺の爺さんの頃まで、旅マタギをして歩いていたもんなんだ。秋の収穫が終わって、すぐに出かけたんじゃないかなぁ。目的地まで行く途中で獲ったものは、途中の部落で売っていったらしいんだ。

   (中略)

 だけどなっ、ハデ(新雪)が降れば、必ずクマというものはハデ踏むものなんだ。穴から出てきて、新雪を踏みたがるものなんだ。それを見てるとクマがどこに行ったのか、わかる。俺達マタギは、クマ巻いて姿を見たら、まず逃がすことはねぇ。80~90%は必ず仕留める。

 昔は「根子」がマタギが一番多かったけど、今は3人くらいしかいねぇな。若い者がいねぇのさ。少しはいるけど、昔ほどいねぇからな。みんな都会に出てしまうからな。クマを獲るからって、会社休めねぇ。だから、クマ狩りの時期でも山に出れねぇ・・・


Special Thanks

《森の狩人マタギ》を公開するにあたり、現在も精力的にマタギの取材を継続され、著書「マタギ」を刊行して戴いた田口洋美先生に感謝申し上げます。また、直木賞受賞作品「黄色いキバ」を発表していただいた志茂田景樹氏に、心より敬服申し上げます。

※1980年発表の「黄色いキバ」に登場する病院は、現在も阿仁診療所として運営を継続しています。

※2018年12月極寒の中、大阿仁小学校で久々に田口先生の講演を拝聴することができました。ありがとうございます。